フランス版人間国宝「メートル・ダール」の宝石彫刻家、エルヴェ・オブリジさん。

カルティエやピアジェをはじめとする世界的な老舗メゾンとの協働から、政府・学術機関、グローバル企業などと、数多くのプロジェクトを手掛けてきました。

その活動は小さな高級腕時計の文字盤制作から、大規模な歴史的邸宅の床装飾まで、多岐にわたります。

PART2では、オブリジさんが企業や団体と手がけてきた代表作の一部を取り上げるとともに、そのサヴォアフェール(匠の技)をひも解きます。

作品を通して、「ピエトレドゥーレ」の2つの技法、「宝石象嵌細工(インレイ)」と「コメッソ」による制作工程も紹介。 

また、一つの石から作品を彫り出す宝石彫刻「グリプティック」の作品も取り上げます。

【エルヴェ・オブリジ特集|現地独占取材】

◆PART 1|美学・哲学編
フランス版人間国宝「メートル・ダール」宝石彫刻家のアトリエへ


◆PART 2|サヴォアフェール編
カルティエ、ピアジェなどとの協働と宝石象嵌細工(閲覧中)

◆PART 3|宝石万年筆編
一点物とオーダーメイド高級万年筆が綴る物語

\この記事の要約|エルヴェ・オブリジのサヴォアフェールとは? カルティエ、ピアジェなどとの協働と宝石象嵌細工ほか技法/

  • 【世界的メゾンや組織と協働】
    宝石彫刻家でフランス版人間国宝「メートル・ダール」のエルヴェ・オブリジさんは、カルティエやピアジェなど世界的メゾンや、政府、学術機関、グローバル企業と協働。
  • 【多彩な作品を制作】
    カルティエの主要ブティックを飾るパネルから、ピアジェの腕時計の文字盤、フランス学士院のアカデミー会員に贈られた儀礼剣、ゲーム「アサシン クリード」シリーズに登場する水晶の骸骨まで制作。
  • 【サヴォアフェール】
    作品を通じて、伝統技法「ピエトレドゥーレ」の2つの宝石細工の技法「宝石象嵌細工(インレイ)」と「コメッソ」を使った作品の制作過程を披露。
    もう一つの彫刻技法「グリプティック」で作った作品も取り上げます。

1 カルティエ──エルヴェ・オブリジが刻む宝石象嵌細工のサヴォアフェール 

フランスの高級時計・ジュエリーの老舗メゾンであるカルティエ。

カルティエとの縁は、エルヴェ・オブリジさんが第二の師匠である宝石彫刻家クロード・デュランさんの工房に身を置いていた時代にまで遡ります。

当時、オブリジさんはカルティエの代名詞とも言えるミステリークロックの制作に携わっていたそうです。

1912年の誕生以来、王侯貴族や富裕層を魅了してきたミステリークロック。

針が宙に浮いているように見える複雑な仕掛けと、最高品質の宝石がふんだんに使われた至高の工芸品です。

そして現在、オブリジさんのサヴォアフェールの要となるピエトレドゥーレ作品は、世界各地のカルティエの主要ブティックの空間を華やかに彩っています。

1-1 「カルティエのパンテール」 ──気高く自由なメゾンの象徴

米国、ニューヨークの「カルティエ フィフスアベニュー マンション」内に飾られているのは、カルティエを象徴する動物、パンテール(豹)を描いた作品です。

エレガントで気高く、飼いならせない野性味を持つパンテールが、店内の洗練された雰囲気に溶け込んでいます。

その姿は、まるで店内を優雅に歩いているかのようです。

パンテールの筋肉、顔の色が変わる部分のグラデーション、皮膚の質感、そして立体感と陰の表現。  

特に右後足の筋肉の描写は見事で、細部にまで生命力が宿っています。 

ロッククリスタル、パラジウム、シエナイエロー(金色の大理石)、アンダルサイト、オニキスを使用。

オブリジさんは、この作品には2つのピエトレドゥーレの技法が使い分けられている、と説明してくれました。

「しっぽの部分は土台の石板と別の石をパズルのように組み合わせるコメッソ技法、皮膚の部分は石板に穴を掘ってそこを別の石で埋める宝石象嵌細工(インレイ)技法です。

宝石象嵌細工は彫った穴にピタッとはまる石の形をつくるために、とくに時間と技術を要します」

この制作途中の土台の石板の段階では、まだわずかに陰影が分かる程度。

この時点で仕上がりを完全にイメージして、石の色とテクスチャを選び抜いていく。

石を見る力と完成形を思い描く力、その両方が求められる工程なのだと実感しました。

1-2 「カルティエのブレスレット」──アール・デコ・サロンに融和

フランス、パリの高級ブティックが立ち並ぶラペ通りにある、カルティエのパリ本店。

そこに足を運んで、「アール・デコ」サロンに飾られているオブリジさんの作品「カルティエのブレスレット」のパネルを観てきました。

作品は、サロンのアール・デコ空間に見事に調和。 

すぐ隣のショールームでは、アール・デコ・デザインのジュエリーがいくつか飾られていました。

リアルなジュエリーとオブリジさんの作品とが響き合うかのような演出がされているように感じました。

使われているロッククリスタルが、まるでメタルのような輝きに見えるのが不思議です。

思わずため息が漏れてしまうほどの美しさでした。

2 ピアジェ──文字盤に咲き誇るピアジェ・ローズの宝石細工グラデーション 

オブリジさんは、スイスの高級時計・ジュエリーの老舗メゾンであるピアジェとも協働。

ピエトレドゥーレの魅力的な文字盤をいくつも生み出しています。

その代表作の一つが、「ピアジェ・ローズ」が描かれたピエトレドゥーレの文字盤です。

「ピアジェ・ローズ」とは、創業家4代目イヴ・ピアジェが愛したバラをモチーフにした、メゾンを象徴するデザイン。

それは、バラの名門育種家が生み出し、名付けた「Yves Piaget Rose」という新種のバラに由来しています。

Image of the PIAGET watch courtesy of and © PIAGET

ピアジェ・ローズが優美な、ピエトレドゥーレの文字盤の腕時計。

Image of the PIAGET watch in progress, courtesy of and © PIAGET.

極薄にスライスしたメキシコ産インペリアル・ジャスパー。

小さな文字盤の色や柄をぴたりと合わせるためには、これだけ多くの石を使います。

厚手の紙ほどの薄さに削られた石を、オブリジさんはさらに少しずつ丁寧に削ります。

そして、コメッソ技法でパズルのように組み合わせ、ウェイビーな花びらを形作っていきます。 

「イヴ・ピアジェ・ローズを表現するのは、本当に大きな挑戦でした。 

たった一つの素材と、石のグラデーションだけで、あのバラの立体感を作り出さなければならなかったのですから」

これはまさに、神業ではないでしょうか。

3 初の女性建築家アカデミシャン、アンヌ・デミアンの儀礼剣

17世紀に設立された歴史ある学術機関のフランス学士院。

手前に置いてあるのは、アンヌ・デミアン(Anne Démians)さんの「儀礼剣」。

オブリジさんは、フランス美術アカデミーの建築部門において、女性として初めてアカデミー会員(アカデミシャン)に選出された建築家アンヌ・デミアンさんのこの「儀礼剣」の制作に携わりました。

フランス美術アカデミーは、フランス学士院を構成する5つのアカデミーの一つ。

アカデミー会員(アカデミシャン)には、学術・芸術・文学などの分野で傑出した業績を持つ人物が選ばれます。

アンヌ・デミアンさんは、都市の需要変化に応じて、将来的に用途が変わっても解体せず使い続けられる「可逆建築」のパイオニア。

環境に配慮したエネルギー効率の高い設計でも知られる建築家です。 

フランスのアカデミー会員(アカデミシャン)に選ばれると、伝統的に特注の「アカデミーの剣」が授与されます。

これは軍刀ではなく、知性、芸術、権威、そして個人の理念を象徴する儀礼的なアイテムです。

儀礼剣のデザインは、アンヌ・デミアンさんご自身の手によるもの。

ただし本物の剣ではなく、建築家の道具である「線を引く筆記具」を、儀礼剣という形に落とし込んだデザインです。

一見すると、筆ペンに似ているように思います。

カーボン製の部分はCogitechが製作。

黒い刃先の部分は、オブリジさんが「グリプティック」技法で一つの石から削り出したものです。 

素材は、アルメニア産オブシディアン。

「アンヌ・デミアンさんの儀礼剣の制作に携わることができ、大変光栄に思います」とオブリジさんがコメントしていました。

4 アサシン クリード──ゲームの秘宝「水晶の髑髏」  

オブリジさんの活躍は、ハイジュエリーや伝統芸術の世界にとどまりません。

大手ゲームメーカーUbisoftの人気タイトル『アサシン クリード4 ブラック フラッグ』のリメイク作『アサシン クリード ブラック フラッグ RE:シンクロ』。

その発売記念として、イベント「Gold & Crystal – エドワード・ケンウェイの失われた財宝」が開催されます。

これは、賞金総額50万ドル(約8000万円/2026年8月時点)相当のリアルな宝探しのイベント。

2026年11月からスタートして、2年から5年ほどの期間をかけて、世界の対象地域にて開催される予定となっています(残念ながら現時点で日本は対象外)。

そして、そのお宝の目玉として用意されたのが、オブリジさんの制作したゲームの象徴アイテム「水晶の髑髏」です。

この水晶の髑髏は、「グリプティック」技法で一つのロッククリスタルを彫って形作られました。

骸骨の上にある血液には、メキシコ産のオパールが使われています。

メートル・ダールのオブリジさんが、丹精を込めて彫った一点物。

まさに本物の「お宝」です。

歴史的な建造物の修復から、最高峰のメゾンとのコラボレーション、国家的な作品の製作、さらには現代のエンターテインメントであるゲームへの参画まで。

オブリジさんは多彩な作品で、時代や国境を超えて人々を魅了し続けています。 

続いて、PART3は自主創作と注文創作の万年筆特集です。

【HERVÉ OBLIGI ウェブサイト・インスタグラム】
https://www.obligi.fr/
https://www.instagram.com/herve.obligi/

作品画像の著作権・掲載許可・取材協力:エルヴェ・オブリジ
Images of artwork courtesy of and © HERVÉ OBLIGI.
Images of PIAGET watches courtesy of and © PIAGET. 

【エルヴェ・オブリジ特集|現地独占取材】

◆PART 1|美学・哲学編
フランス版人間国宝「メートル・ダール」宝石彫刻家のアトリエへ


◆PART 2|サヴォアフェール編
カルティエ、ピアジェなどとの協働と宝石象嵌細工(閲覧中)

◆PART 3|宝石万年筆編
一点物とオーダーメイド高級万年筆が綴る物語